東京高等裁判所 昭和26年(行ナ)19号 判決
原告 小宗化学薬品株式会社
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「昭和二十六年六月七日特許庁がなした昭和二十五年抗告審判第五七九号の審決はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、原告は昭和二十五年三月六日昭和二十五年商標登録願第四五九〇号の商標(以下本願商標と略称する)につき出願をなし、同年九月二十二日意見書と同時に訂正書を提出して指定商品の訂正申立をなし同年同月三十日拒絶査定を受けたのでこれに対し同年十月三十日抗告審判を請求し同日附で再び指定商品の訂正をしたところ、特許庁は昭和二十五年抗告審判第五七九号事件として昭和二十六年六月七日附で「本件抗告審判の請求は成り立たない」との審決をなした。而して右審決の理由として示されたところの第一は要するに本願商標が登録第八九六七〇号の商標(以下引用商標と略称する)と称呼上及び観念上類似であるというに帰するものと認められる。しかしながら商標法第二条第一項第九号に所謂類似とは両商標を外観称呼及び観念等の各観点から夫々分折観察し、その結果を各部分毎に対比した場合両者に共通する事項があるという意味ではなくして、両者が商標として実際に使用される場合にこれを附した商品の取引者間に混同誤認を生ずる虞があるという意味に解するのが相当である。従つて右審決は結局商標法第二条第一項第九号の解釈を誤つた違法があるので、これが取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の主張に対し、(1)本願商標は甲第一号証の示す通りこれは所謂全形商標であることは明白であり各部分が一体となつて一定且つ独特の形状を組成するものであり、各部分が区別して使用されることはないと認むべきものであるから、各部分に関連性がないと認めるのは独断であつて、これこそ犬の図形のみを抽出分離して引用商標との類否を判断しようとする過誤の原因である。商標が単明なる称呼を以て呼称されることは事実であるが、商品は決して簡単な商標の呼称のみによつて取引されるものでなく、簡単な呼称のみで取引されるのは相互に熟知している当事者間の平常の取引か、または周知の商品の取引の場合のみであつて、取引者の心理においてはその簡単な呼称によつて表示される商標の形状、観念、その商標の附せられた商品の実態その商品の取扱者等の全部または一部がその呼称と一体となつて認識されているのである。これが商標が称呼や観念において類似しても実際使用の場合互に類似しない場合がある所以である。従つて商標はその全体を一体としてのみ判別の対象とすべきである。(2)本件出願の指定商品は化学分折用染料であり、原告は試薬の製造販売業者であるに反し引用商標権者は絵具、染料、顔料、塗料工業薬品の取扱業者であつて、本願商標の右指定商品の取扱はしていない。また両商標の形状、構成その他の特異性は特別顕著である。従つて取引の実際において両商標を使用する場合取引者の心理は混同誤認を生ずる虞はないと述べた。(立証省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中本願商標の出願から本件審決がなされたまでの特許庁における事件の経過については争わない。しかし右審決に違法の点はない。元来本商標は多数の花瓣と思ぼしきものを連結した花瓣状の輪廓の中央に犬の図形を顕著に描き、この犬の図形と花瓣状輪廓との間に外枠に三線を以てし一本は太く他は細く、また、内枠は二線で内側に実線外側に点線を以て帯状輪廓を作りこの輪廓内に「KOSO CHEMICA CD,TD,TOKYO JAPAN」の欧文字をゴジツク体で左側から横書きし、更に前記犬の図形の下に点線と実線とを以て三重菱形枠を描き、その中に「KOSO」とゴジツク体の程度で左から横書きして成るもので第二類染料その他本類に属する商品を指定商品として昭和二十五年三月六日登録出願をなし、後に抗告審判の係属中にその指定商品を第二類媒染料及び顕微鏡用色素その他化学試験分折用染料に訂正したものである。これに対し抗告審判の審決に引用した登録第八九六七〇号の商標は縦長方形輪廓内に野山を背景として中央に後足で坐した親犬と戯れる小犬とを顕著に描き、この図形を唐草模様を有する円形の輪廓を以て囲みその他附飾図形附記文字を記して成るもので第二類染料及び顔料を指定商品とした大正六年七月二十五日出願をなし、同年十二月十日登録され、昭和十二年十一月十日にその存続期間更新の登録がなされたものである。右両商標を比較して見ると、外観上は差異があるが、称呼上から比較すれば前者の犬は陰画のように描かれているが、その他の図形または文字はこの犬の図形と不可分に結合されていると見るべき関連性がなく、犬の図形が強く注目を引くため、単に「犬印」と呼称されるものであり、また、後者も大小二匹の犬を描き小犬は戯れているが、簡単な称呼を以てされるが商取引上普通である実情に徴すればどれも取引上極めて自然に「犬印」とも呼称されるものとするを相当とする。従つて両商標は共に「犬印」と呼ばれ称呼を共通にすることあるものと認められ、称呼上両商標は互に類似するものである。また観念上から比較しても、両商標は共に犬の図形を有し、それから「犬印」の称呼も出ること前述の通りであるから、取引上観念においても彼此相紛わしいものと謂わざるを得ないもので観念上からしても両商標は類似するものである。且つ両商標の指定商品も互に牴触するものであること明らかであるから、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当するものとして登録を拒否したものである。要するに本件抗告審判の審決においては両商標が取引の実際における経験則に照し、称呼及び観念の点では彼此相紛わしく、世人の誤認または混同を生ぜしめる虞があると認めたによるもので原告の主張するように両商標を外観、称呼及び観念の観点から分折観察して単に両者間に共通する事項があるから類似を認めたものでないことは審決全文を精読すれば明瞭であると陳述した。(立証省略)
三、理 由
原告主張の本願商標の出願から本件審決がなされたまでの特許庁における事件の経過については当事者間に争いがない。
よつて右審決の理由において違法の点があつたか否かについて判断する。成立に争いなき甲第一号証によれば本願商標の構成は中央に斜右向の犬を地色に対し白抜で表わし、その脚下に菱形輪廓を実線及び点線で劃して、その中の白地部分に「KOSO」の四字を各文字を右に傾斜させて横書きし、上記菱形輪廓に掛けて中央の犬の図形を囲んだ点線及び実線の二重円と全体を囲んだ二本の実線の円との間に上記菱形輪廓を挾んで左から右に「KOSO CHEMICA CO,TD,TOKYO JAPAN」・の二十七字をゴジツク体で記し、外枠を細かな花瓣状としたものであり、中央の白抜とした犬の図形は最も顕著に現わされ、これに次いで下部菱形輪廓とその内「KOSO」・の文字が目立つように現わされているものであり、また審決引用商標の構成は成立に争いなき乙第一号証によれば、縦長方形の外廓内の略幅一杯の円形の輪廓中に左側に大きく表わした前脚を立てて坐した親犬と、その前で地上の小枝に戲れている子犬を描き、これに草原、遠山、雲から成る背景を附し、この円形輪廓の外部には薔薇及び鈴蘭と思われる花瓣その他を装飾的に附記し、円形輪廓の上下にはリボン状の白抜部を設け、上部のものには「GENUINE,WARRANTED,QUAIITY」の英文字を記したものであり、これも中央の二匹の犬の図形が最も目立ち他の図形及び文字は附飾的のものである。そこで右本願商標引用商標とを比較するに先づ称呼の点では前者は前記のように中央に描かれた白抜の犬の図形が特に顕著に表わされているので「犬印」の称呼で呼ばれることがあるのは間違のない処である。勿論他の称呼が全然ないとはいえないが、最も可能性のある称呼は「犬印」である。これに対し引用商標においては親子らしい二匹の犬がその主要部分を占めているので、その結果称呼もこの部分から出ると考えるのが自然であり、且つ普通である。従つて「親子犬」「二匹犬」など呼ばれることもないとは限らないが、証人山内重蔵の供述によれば同人が社長である山内泰産業株式会社ではこの引用商標を単に「犬印」と称して使用していることが認められるので、この商標の指定商品の取引者間においては出来得る限り簡単な称呼を生じ略して単に「犬印」と呼ばれるに至るべきことは推測に難くないところである。以上のようであるから両商標は他の称呼もあり得るが少くも同一称呼で呼ばれることがあり得るもので、この点で称呼類似の商標である。また、観念の点から観察しても、前述のように両商標とも犬の図形を主要部分としているのでその犬の数及び姿態等では可なりの相違点があるが、両者ともに「犬印」なる観念において共通している処があり「犬印」として観念上も彼此相紛れることのあり得るものであるから観念類似の商標と謂わざるを得ない。以上のように称呼及び観念が類似しているので外観上からは否類似であるとしても、両者は世人をして取引上混同誤認を生ぜしむる程度に近似しているので類似商標と認めざるを得ない。
原告は本件審決における商標類否の判断について二商標の類似するか否かは心理的に判定せらるべきもので、それらが実際使用される場合にそれら商標を附した商品が取引者間に混同誤認を生ずる虞があるか否かで定まるものである。しかるに右審決では両商標を外観、称呼及び観念等の観点から分折観察しその結果を各部分毎に対比し何れかの点に共通の事項があつたからこれを類似するものとしたように主張しているが、右審決は各商標が実際の取引上商品に附して使用された場合普通に称呼されるべき称呼等を経験上推測して比較しているのであり、また商標の類否判定において外観、称呼及び観念の三つの点から観察することは理論的であると同時に実際的且つ心理的であるから、右審決には商標類否の判断につき当該法条の解釈を誤つた違法は存しない。
また原告は審決で本願商標が単に犬印と称呼されると認定したことを非難して本件出願商標は所謂全形商標であり各部分が一体となつており、これらが区別して使用されることはないと認むべきであるから、各部分に関連性がないと認めるのは過誤の原因であると主張しているが、商標の類否判定において、その外観を比較するに当つては右原告主張のようにその全形を比較すべきもので、その一部分を分離して比較すべきものでないのが原則であるが、商標の称呼の点においては一般取引が簡明な称呼を以てするのが普通である結果、一商標中に包含される二つの部分がその表現の仕方即ち注目を引く度合または位置の関係その他から一方では結合された称呼で呼ばれ、他方では各別に或は一部分のみの称呼を必然とする場合が生ずるような差異があることは当然であり、その他の場合でも全く、その存在を認められない部分のあることは止むを得ないものである。従つて原告の右主張は理由がない。
以上述べたところにより本願商標は審決引用の登録第八九六七〇号商標と類似商標であることが明らかであり、且つその指定商品も前者の第二類媒染料及び顕微鏡用色素その他化学試験分折用染料は後者の指定商品たる第二類染料及び顔料の一部で互に牴触する点あるものであるから、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当するもので登録し得ないものであるといわねばならない。本件審決もこれと全く同趣旨で抗告審判の請求を排斥しているのであるから、その審決は相当であつてこれを違法としてその取消を求める原告の本訴請求は失当であり、これを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 小堀保 梅原松次郎 原増司)